不可説日記

日常の何気ない出来事を極度に歪曲してつづります

不可説転#0「近所のラーメン屋でおとぎばなしを現実に見た」

近所のラーメン屋でおとぎばなしを現実に見た

父と私は突如ラーメンが食べたくなり、近所のラーメン屋に行った。靴屋ではラーメンは食べれないからである。

それで単刀直入に言いますと、大声で罵詈雑言を吐いておる女性客がいらっしゃった。

彼女は券売機に万札を突っ込もうとしたが、五千円札以下しか対応していない、とわかると、たちまち券売機をお蹴りになって、店員に「金替えろ!」とおっしゃると、それを真っ二つに破れるかのような勢いで店員の手に押し付け渡しなさり、「キチガイ」「ブス」「精神異常」などおっしゃり、そしてだれかと電話をお始めになる。

電話の内容は知らないが、彼女はランダムにキモクナーイ、ヤバクナーイ、セイシンイジョウ、ブス、シネバイイ、などと真言を高らかに詠唱していた。電話の相手といっしょになってだれかを誹謗中傷し、共感や安心感を得るための修法であった。いつもは醤油や背脂の味がするラーメンから、キモくてヤバくてキチガイな味がする。彼女はすでに電話の中の空間にいて、物質的には公衆の面前にいるということを忘れていた。私は「人を誹謗中傷することでしか生きていけないのかねぇ…」と思わずキモくてウザい陰口を吐いてしまったが、「ヒボウチュウショウ」という難しい漢語の意味はわからなかったのか、真言の矛先が私に向くことはなかった。

彼女はキチガイではなく、ブスではなく、精神異常ではない。彼女が唱えていた罵詈雑言のようにきこえるものは、特に意味をなさないただのマントラであって、精神的安定を得るための修行だ。私は彼女のことが心配になった。おそらく辛い人生をおくってきたのだろう。よほどねじ曲がった、というか、ねじ曲げられた人生を送ってこなければ、あのような呪術を編み出すには至らないだろう。彼女にとっては自己、電話の相手、キモい店員しか存在せず、それ以外のだれかが罵倒語を聞いて不快な気分になっている、ということは夢にも思っていない。また、私たちが心の中で彼女を、真言ではなく日本語として、罵倒していることなどは知るすべもない。

なにか、おとぎ話の世界に入ったような気分にさせられた。桃太郎ではなく、2chのまとめサイトに書いてあるおとぎ話のような。

ラーメンは科学的にはうまかった。トッピングの海苔をスープにくぐらせてヒタヒタにして食べるのがウマイのだ。