不可説日記

日常の何気ない出来事を極度に歪曲してつづります

中学生のころに書いた日記 其の三「苔」

六月某日「コケにするコケ、コケにされるコケ」

 

 もう日付も忘れてしまったが、ある日の下校中のこと。

 いつものように、用水路沿いを行く。

 この用水路とのつきあいは、かれこれもう八年にもなる。何度飛び越えて、狭い所を渡って遊んだことだろう。傘で雪をつついて落とした日も、雪がドッサリ積もった日に、長靴でがぼって、はまりかけた日も、「忘れられない、大切な」 「思い出!」(全員で)

 そんなことはおいておいて、私はたいてい友達と一緒に帰る。この日は確かK君とH君と一緒に帰ったのだが、H君は用水路が道路の下に潜って見えなくなる角で私たちとは違う方向に曲がる。そのため、この角で立ち止まってだべり、時間をとられるのが恒例となっている。いつもどおりだべっていた私は、どういういきさつかは知らないが、用水路の傍の狭い所にしゃがみこんだ。

 なぜしゃがみこんだのか不思議でならんが、しゃがみこむと、用水路の壁の、あるものに気づいた。

 コケがびっしり生えている。

 考えてみれば、今までコケのことなどほとんど考えてみたことがなかった。中一のときコケについて理科で学習したが、それでも日常でコケを意識することなどなく、目にも留まらなかった。

 しかしこの日はなぜか、コケが目に入ったのである。

 目の前のコケと見つめ合う。

 君は何を考えているんだ。

 生物とも無生物ともとれない微妙な姿をして、壁に貼り付いて、いったい何をやっているのか。人間だったら変質者だ。警察に突き出してやろうか。

 コケは湿ったところならどこにでもいる。凄まじい繁殖力だが、いったい君は何のために繁殖して、何の為に生きているのか。君にとっての生きがいは何なのか。

 そんなことを考えながら、コケを指でこすってみると、何か飛んだ。

 コケの胞子だ。こんなにも簡単に出るとは…って、まてよ。観察してる暇はない。もしコケの胞子を吸い込んでしまったら、胞子が喉の壁について、コケが喉に生えて来て、そのコケが喉を通過する水分を吸って成長し、水分を全てコケにとられて自分は水分がとれずに死んでしまうかもしれないので、さっと逃げる。

 逃げた後も、コケとにらめっこをし続けたが、結局コケの生きがいに関して答えは出なかった。

 コケにする、という言葉がある。この言葉から、日本人は昔から、コケのことをコケにしていた、つまり軽く見ていたことがわかる。しかし、コケは人間の想像を超えるほどの範囲にいて、すさまじい繁殖力を誇る。もしかしたら、コケにされているコケたちは、人間はぼくたちに気づかないが、実は秘密裏でコケ補完計画を進めていて、今に滅ぼしてやるぞと、人類をコケにしているのかもしれない。そんなことを言うとズッコケられそうだが、本当にコケというやつは何を考えているかわからないのがおもしろい。