不可説日記

日常の何気ない出来事を極度に歪曲してつづります

中学生のころに書いた日記 其の二「ワクワクテクニック」

五月十一日・一 「ワクワクテクニック」

 

 大工さんが帰って一日たったこの日、いよいよ楽しみにしていた校外学習である。この日は、隣の隣の市の大学にいってクソ真面目な講義を受けた後に(これについては、前年上級生は名古屋まで行っていたということもあって、もっと遠くまで行きたいということで、生徒からの抗議が多かった。講義だけに)、山の中のド田舎にあるアドベンチャー施設に行って、施設の人の話を聞いたりする(これについては皆が喜んでいたが、現地についてから抗議を受けることになる)という計画であった。

 もちろん私も、山の中に行くのは楽しみだ。施設の人の話にも興味がある。(ここでポイントなのは大学でうける講義のことは眼中にないということである)しかし、やはり最も楽しみなのは、長時間におよぶ「バス移動」である。

 移動が最も楽しいとはなんだというかもしれないが、だって楽しいのである。校外学習、遠足あるいは修学旅行など(以下修学旅行とする)におけるバス移動とは、家から学校までバスで行くのとはまるで違う。バス移動の中でも、かなり特別なスペシャルバス移動なのだ。

 修学旅行のときのバス移動ほど、友達どうしでどんちゃん騒ぎできるイベントはない。友達同士で遊ぶことなら家でだってできるが、バス移動のときは仲のいいやつもよくないやつも皆いる。だから、非常にうるさい。うるさすぎる。うるさいだけだったら学校でもできるが、うるさいに加えバス移動には次々に景色が移り変わっていき、だんだんと目的地に近づいていく、期待感がある。さらにバス移動のときには決まってカラオケ大会が開催されるため、うるさい、期待感、カラオケのトリプルコンボにより、ただのバス移動がスペシャルバス移動となっているのである。

 人間は、ワクワクすると幸せになる。目的のものをずっと楽しみにしている時間はとてもワクワクし、早く来いというイライラを感じながらも、イライラの何倍も楽しい気持ちが脳内を占めている。そのワクワクさは、ときに目的のものを手に入れたときよりも、幸福に感じさせることがある。

 バス移動というのは、旅行先という目的地に着くまでのワクワクの過程であり、そのワクワクに加え、さらにトリプルコンボが重なって来るのだから、そりゃあもうアドレナリンが出まくるはずである。普通ワクワク状態のときは目的のものを楽しみにしているのを楽しんでいるのだが、バス移動の場合はあまりにもアドレナリンが出過ぎて、ワクワクそのものに本来の楽しみが持っていかれてしまうので、目的地に着くころには、楽しみにしているはずなのに、たいてい「バス移動が終わる」ことによって、気分が暗くなる。

 バス移動のワクワク状態が、ワクワクを通り越して、もはや修学旅行のメインイベントとなってしまっている。メインイベントとなってしまっているため、当然メインイベントの前のワクワク状態も別に発生してくる。バス移動のワクワクが少し前に移動した結果が、前日の夜眠れなくなるという現象に表れている。しかし、脳は前日の夜のワクワク感が「修学旅行全体」に対するものと錯覚し、「修学旅行が楽しい」という風評を引き起こすため、バス移動は陰に隠れがちであり、卒業式に思い出を語る場面でも、なぜかバス移動のことは一言も触れられずにスルーされる。しかし、バス移動はれっきとしたメインイベントであり、しかも年に一、二回しかないため、その貴重なチャンスをものにするため、より高度なワクワクテクニックが求められる。もはやスポーツである。だから私が全日本ワクワク協会の会長となり、ワクワクテクニックブックやワクワク講座などで、皆にワクワクを広めていきたいと思う。

 ワクワクに要求される最低限のマナーの例として、行きのバス移動は皆で楽しむことが推奨されるが、帰りのときは眠たい人もいるので、声を若干小さめにして楽しむか、あるいはもうみんなで寝てしまうようにするということがあげられる。いくら楽しいからとはいっても、人の睡眠時間を奪ってはいけない。スポーツマンシップにのっとり、安全に注意してワクワクを楽しみましょう。

 ワクワクについて詳しくは、六月下旬に発売予定の「JWKA はじめての ワクワク入門」に記述する予定であるので、ぜひ書店へ行って、千五百円のこの本を熟読することをおすすめする。さらに高度なテクニックを得る為、上級ワクワク書も発売予定である。修学旅行には必携の、ワクワクする内容となっているので、ぜひお買い求めいただきたい。